最近のわきが 治療の傾向
「寝たきり起こし」をこえて 介護という言葉の枕言葉は、いぜんとして「つらい」、「しんどい」である。
しかし日本でも、この「つらさ」、「しんどさ」をわかち合うという発想をこえて、さらに障害のある本人にも生活を楽しんでもらうレベルの社会的援助を考える時期にきている。
これが実現されると、何よりも本人の自立意欲がうんと向上し、全体の雰囲気がとても明るくなるからだ。
そして人間として尊厳を保てる生活レベルが維持されるようになれば、つぎには生活に楽しみが必要だ。
私か勤めていた病院のある地域では、何年も「寝たきり」だったお年寄りに、訪問看護やホームヘルプサービスのほかに、理学療法士が自宅へ訪問して在宅でリハビリテーションを試みている。
これが予想以上に効果をあげた。
ベッド上での寝返りの練習から、座る練習へ、そして「寝たきり起こし」に成功して、何人もの方が車椅子生活が可能になった。
すると、身動きもままならず、くる日もくる日も天井しか見られない、何ひとつ希望のない生活が一変する。
食事は別の部屋で家族とともにとれるし、入浴もうんとらくになる、あるいは洗い場で椅子に座ってシャワーが使える。
公園への散歩、市場への買物と、どんどん世界が広がる。
楽しみな「特別養護老人ホーム」での老人クラブにも参加できるし、そこでのゆったり湯につかれる入浴サービスも利用できるようになる。
ホームのほうから、車椅子を吊り上げるリフトの付いた車で迎えに来てくれるのだ。
そんなある日。
お迎えの車に乗ってやってきた、半身不随で元「寝たきり老人」のYさんが「特別養護老人ホーム」で気分よく入浴しているときのこと。
その丈夫な側の手が、お風呂に入れてくれている女性職員の身体に、ふと触れたという。
目撃者の証言によっても、それが意図的なものであったかどうかは判然としない。
しかしこのかすかなアクションを、車椅子で入浴の順番を待っていた、同じく元「寝たきり老人」だったOさんが目ざとくとらえた。
そしてその口からこんな言葉がふと漏れた。
「おっ、Yさんやるな」と。
「あのベッドはあかん。
二人いっしょに横になれんがな」とじいさんに叱られた。
「いや参りました」と病院のケースワーカーが頭をかく。
老妻の身体が不自由になったお年寄りの家に、介護の助けにと気をきかしたつもりで、電動式で上下するベッドを運び込んだ翌日のことだ。
「我れときてあそべや親のない雀」とうたった小林一茶は、六四歳の人生の最期に、身ごもった三度目の妻を残し、世を去ったという。
はじめて北欧のデンマークやスウェーデンを訪れて、ホテルから街へ出たとき、思わず口元がほころぶ思いとともに感心してしまったのは、老境のカップルが、おしゃれな容姿で腕をからませ合い、あるいは手と手をつないでゆったりと街や公園を歩いてゆく光景だった。
カップルのことごとく、ひとつの例外もなくそうだった。
まさに本当のカルチャーショック。
なるほど高齢化社会というのはこれなんだと頓悟した。
夫婦単位の生活を徹底的に大切にして、人生の最期まで生きてゆく姿をまざまざと見る思いだ。
日本語にも「関係ができちゃった」という言い回しがあるが、北欧では性は、老若を問わずごく自然な男女のコミュニケーションの営みである。
同棲している男女関係はきわめてあたりまえで、なんら道徳的に非難されることはない。
性に関連した営みを「いやらしい」などという感覚は、たぶん私たち日本人だけのものだろう。
高齢になっても性に関心を持つのは、この国ではあたりまえのこと。
それもあって、日本の「特別養護老人ホーム」にあたるナーシングホームでも個室化が早くから提唱され、デンマークでは完全に実現された。
スウェーデンでも、保守党の選挙公約のひとつが、長期ケア施設の「個室化」である。
いくら開けた国でも、大部屋ではせいぜいキスするのが限度だから。
北欧ではナーシングホームを訪ねると、その施設の立派さや「寝たきりゼロ」のケアの優秀さに目を見張るが、もうひとつ感心するのが、高齢者たちがたいへん美しく装っていることだ。
一日のはじまりは、「今日はどの服にしますか?」という職員の問いかけからはじまる。
これなども、もちろん「服装は人格の表現」であり、老人の自立意欲を高めるということもあるが、性的な関心のなせるわざであることは当然だ。
きれいにお化粧してネックレスやイヤリングを着け、もちろん髪をきれいにセットして車椅子に鎮座する老女の姿が、北欧の高齢者と性のありようを雄弁に物語っている。
日本の痴呆性老人は現在一〇〇万人。
「寝たきり老人」とともにその介護対策は急務だ。
とかく痴呆性老人というと、有名な小説『恍惚のひと』(A氏著)以来、おだやかで人格円満だったおじいさんが、あるときを境にして突然人格が一変し、うろうろと時をかまわず徘徊したり、ウンコをいたるところになすりつけたり、さらには包丁を持っておそいかかる。
それに振り回される家族は疲労困懲し、ついには病院に入院させられ、やがて人格の荒廃はいっそう進行するといったおぞましいイメージ、何よりも痴呆性について「怖い」という見方が定着している。
たしかに現状では痴呆性老人を抱えた家族の苦難は、はなはだしいものがあるし、何よりも不適切な扱いを受け、人格を否定されている老人が悲惨である。
「寝たきり」とは「寝かせきり」のことだ、というわかりやすい説明が「寝たきりゼロ」社会の北欧ショックとともにもたらされ、身体面での高齢障害への理解はずいぶんと深くなった。
しかし知的障害である痴呆性については、まだまだ市民レベルのみならず、医療・福祉関係者でも理解が不足している。
デンマークやスウェーデンの痴呆性老人のためのグループホームを訪ねると、進行した痴呆性のお年寄りが、小ぎれいな住まいでこんなに穏やかな表情で生活できるものなのかと、うれしくなる。
その「秘密」を考えてみた。
現在日本でもグループホームをはじめとして、痴呆性老人はどこで生活するのかよいか、という「処遇論」が盛んになってきた。
「新ゴールドプラン」にもグループホームを施策として展開するということが盛り込まれ、日本でもグループホームの普及へと大きく一歩を踏み出す基盤ができた。
しかし、ではなぜグループホームが優れているのかという、基本的な論議は、いまひとつコンセンサスを得るに至っていない。
その理由のひとつはつぎに述べるような、痴呆性老人の介護について在宅と施設ケアの双方で一見矛盾した現象があって、そこが理解できないために、一般市民にとってはここで思考が止まってしまう、という話が聞こえてくる。
いいかえると、老人にとっては住み慣れた自宅が最適という、高齢者ケアの「金科玉条」があるのに、なぜたとえ小規模グループとはいえ、自宅を離れた施設ケアが優れているのかという疑問である。
そこで老人性痴呆とはいったい何か、という本質論から考えてみよう。
痴呆とは人間関係の障害 専門家の見解を総合して煎じつめれば、痴呆症とは極端な記憶障害を主体として、ほかに判断力障害などもともなう、生活障害あるいは(人間)関係の障害である。
進行すると、ほんの少し前に起こったことも記憶できなくなる。
すなわち、さっき何を食べたか、あるいは食事をしたことそのものまで忘れてしまう。
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